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不安定という受け皿 |
都市部への人口移動と経済成長および株価の相関は面白い。戦後3大都市圏に人口が集中したのは三回。高度成長期、バブル期、そして今回だ。いずれも過去都心部の地価が大きく上昇し、株価も劇的に過去は上がっているから、今回も多分同じ事が繰り返されるだろう。 経済成長が効率化するには、都市部への人口の集中と投資の集中効率化が恐らく最も経済的に効果的であるということなのだ。東京、名古屋、関西の3大都市圏に加えて、札仙広福という言葉があるらしい。札幌、仙台、広島、福岡という地域最大の政令都市で文化政治経済の地域の中心にも周囲の人口が集中して、地価が上昇するし人口が増えるという現象が起きているという。地方都市の均衡的発展というのはやはり実際には無理で非効率というのが歴史的に証明されているということだ。その他の地方都市の商店街はシャッターが閉まっていて、実際に既に若者がほとんどいなくなってしまっている。これは地方に学校、仕事、市場、など魅力的な生活要素が少ないせいであるから、それを作るのは容易なことではないし、作るにしても膨大な時間とコストがかかるから、とても均質的発展などをすることは無理である。道州制とか地域ブロックの再編とか抜本的な社会資本投資と人口の集中を核になる都市に進めないと近い将来は共倒れになるだろう。だから、それ以外の小都市は特徴を何か作る以外に方法がないだろう。安易にリゾートなどをやっても大抵マネージメントを失敗してひどい結果に終わる。それでもカブトデコムの作ったウインザーホテルは東京資本で再生したから、まるでダメということでもないのだろうが、例外的ではある。日本人全体が「遊ぶ」ということを未だに罪悪視している貧しい国民でいる限り、地方の時代はおそらく当分来ないだろう。有給休暇も未消化が当然という常識の国なのだから、遊びの文化などあるはずもないし、そんなユトリも暇もないということのだ。それには地方の人たちが、都会の人と金を引きつける魅力を理解しないといつまでたっても助成金でなんとかする経済体質から抜け出すことは難しい。1週間以上も滞在して楽しいと思えるような場所や物がない限り、消費という意味での大きなお金が都会から来る事は困難だと思う。 築豊などはトヨタを誘致して蘇ったから、仕事と金だけなら大企業の工場誘致が一番手っ取り早いけれど、それで仕事は出来るだろうが、文化や学校など地域全体の魅力で人を誘因出来るかどうかは怪しい。お金や仕事の無い人はそこにいくかもしれないが、それがある人には全く意味が無いからだ。本当に地方が欲しいのは毎年大きなお金を運んでくる都会人たちだろう。その意味で唯一例外的なのは京都かもしれない。僕のマダムの生徒のお金持ちの数人は京都に億ションに近い物件をこの3年で4名買っているのだ。いずれも東京以外に別荘を持っている人だが、京都は市内である。年に何ヶ月も使用しない物件に億のお金を払う人が実際に周囲にいるということは実需が確実にあるということだ。 今年はついに現在3大都市人口の合計が全人口の半数を超えたという。この都市部に暮らす人たちは共通の文化とかサービスを受けることになる(無論所得による消費格差はあるにしろ)。それは特定の地域の「文化圏」が成立するという意味でもある。文化とは生活、思想、習慣上のスタイルということだ。この部分が都市の魅力の本質なのだろう。そこには多様性と交換が地方と比較して頻度,速度が高く生まれるから、様様な選択肢と競争が自然に発生する。当然、貧富の格差は大きなものとなるし変化の個人差が前提となった不安定が生まれる。この不安定こそが可能性なのである。可能性が残る限り、人間というのは物事を諦めないという習性があるからだ。そこに欲望の本質があるのだろう。 経済の決定因が「物」から「記号」に益々変化していく中にあって、お金や資本の運度速度が劇的に上昇している。都市の魅力は、この貨幣経済の流動性の高さにまさにあるのではないのか。証券市場に関しても地方証券市場は実質的には無いも同然に廃れて、日本はほぼ東京に集中してしまったのは歴史的必然であろう。いくつもは必要ないし、集合したほうが魅力が高まるということである。その意味でも不安定性という魅力は株式市場の最大の欲望の誘因動機であるから、ますますこの市場には金が集まることになるだろう。貨幣と価値と交換という記号の行き着く場所はおそらく此処をおいて他にはないだろう。その意味で市場の明日は実に明るいと思う。地方のお金も世界のお金も全てここに集まるからである。 |
02:09, Tuesday, Oct 30, 2007 ¦ 固定リンク
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