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2007年 4月13日
不公平な競技場 |
| さて能力主義社会を競技場に例えた比喩を再び取り上げよう。理想的には、そこでは誰でもが自由に競技へ参加することが出来る。各人はトラックを走り、他の競技者たちと競争し、努力と能力に応じて彼(あるいは彼女)は報酬を受け取る。とはいえ、それは奇妙な競技場である。というのも、ゴールの1メートル前から走り出す人々もいれば、スタート地点の100メートル手前から走り出す人々もいるからである。ある人々は、競技場の限られた部分しか入ることが許されていないーーこの人々は報酬の高い領域には永久にたどりつけない。またある人々ーー通常は女性ーーは一日のハードな仕事を終え、疲れ果てて競技場に到着する。そして一生の全てではなく、人生の限られた時間だけをその競技場で過ごす。また競技場に近づくことさえ許されない人々もいる。他方では、一歩も走らないのに賞金だけを貰う人々がいる。それは競技場の所有者である。それでも、どのような人々にも、豊かな社会で競技の観衆となり、多額の賞金が配分される様子を眺めることは許されている。もし能力主義の第一段階が、人生の競技において業績にしたがって報酬が配分されることであるとしたら、続く第二段階 .. 続きを読む |
幸福と快感の再帰性 |
肉欲と頭脳の幸福に加え、歌、ダンス、音楽などのリズム活動を楽しむことによって得られる、特殊な幸福もあります。現代の都市生活の多くはこのタイプの活動を諦めてしまっている人が多く、従って幸福の源泉の一つを自ら捨ててしまっています。
部族単位で、こうした過ちを犯す人々はほとんどいません。どんな部族社会の研究を見ても、セレモニーや儀式の豊かな鉱脈を有しており、それには歌や踊りや音楽や肉体の動きなどのリズムの表現が伴っています。この体験があまりにも濃密なので、演者がほとんどトランス状態に入っているように見える場合もあります。
幸福の特徴とは何なのか? デスモンド モリス 「裸のサル」の幸福論
買収を繰り返すIT起業家、記録に挑み続けるアスリート、コカインにはまった麻薬中毒者、災害救助に駆けつけるボランティア、敵を吹き飛ばす自爆テロリスト、子供を授かったおとうさん、他人を虐めぬくサディスト、、、彼らは皆、それぞれに幸福です。
「人の幸福には17種類ある。」とデスモンド モリス は動物学者の視点から人間が感じる幸福とはどういう身体の状況かを解析している。なかなか行動と幸福の関係性を知るのは面 ..続きを読む |
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