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2007年 4月21日

  通時的快楽
神秘的思索よりは、食事のほうが一国民と彼らの文化に近づく確実な方法である。インド料理の味がメキシコ人の味とよく似ていることはすでに指摘した。しかしながら、一つの本質的な相違がある。それは味でなく給仕の方法である。メキシコ料理は一連の料理からなっている。これはたぶんスペインの影響のためであろう。ヨーロッパにおいては、この料理の手順はとても正確である。クローズドレビーストロースが述べたように、それは、短時間の間をおきながら一種の行進のように料理が一皿ずつ進む通時的な料理法である。この連続性こそ軍事行進と同じく宗教上の行列を喚起するものだ。言葉の哲学的意味における理論も同様に喚起する。
ヨーロッパの料理は一つのデモンストレーションなのである。メキシコ料理は、厳密さの程度は異なるが、同様の論理に従う、一種の混血料理(メスティーサ)である。そこには、もう一つの別の美学としてのコントラストが介在する。例えば、辛さと甘さのそれである。それは、多少の異国風味で刺激されるか、あるいは強調された一つの様式である。基本的な相違点は、インドでは様々な料理がただ一つの大きな皿に組み合わされることである。連続もパレ ..

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12:19, Saturday, Apr 21, 2007 ¦ 固定リンク ¦ コメント(0) ¦ トラックバック(0)


  倫理の系譜学および幸福という技術     フーコーコレクション5より
Q ギリシア人は、美しい人生を生きる事を求めていたから厳格だったのですが、それに対してわれわれは現在、心理学の支えによって自己実現をめざしています。

フーコー  全くその通りです。わたしは道徳的な問題と科学的知を結びつけることはかならずしも必要ではないと思っています。人類の文化に関わる発明の中には、手順、技術、観念、メカニズムなどの宝があり、その宝は本当には再活性化されることはできないのですが、少なくとも現在わたしたちの周囲で何が起こっているかを分析し、また今起こってることを変えるために役立ちうるような視点をつくるか、あるいはそのような視点をつくるのを助けています。
 わたしたちは現代社会とギリシア世界のどちらかを選択しなければならないという必要はないのです。しかし、われわれ現代人の道徳の大原則のいくつかが、ある時期には生存の美学とつながりがあったことを観察出来るのですから、わたしはこの種の歴史的分析は役にたちうると考えています。何世紀ものあいだ、わたしたちはわたしたちの道徳、わたしたち個人の道徳、毎日の生活と、政治や社会や経済の大構造とのあいだには、分析可能な関係があるのだと確信してい ..

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00:54, Saturday, Apr 21, 2007 ¦ 固定リンク ¦ コメント(0) ¦ トラックバック(0)


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